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September 26, 2008

学生のときに教わったあといくつかのこと(2)

最近、6号館の前に、
またあのねこがやってきてたたずんでいる。
彼女が最初にやってきてから、もう何年になるだろう。

元気そうなんだけれど、
どうやら前の足を一本くじいてるか、
折っているかしているみたい。
移動するときつらそうで。

痛いんだから、前足伸ばして、のびするなよ。
ここにいてもY井先生、毎日は来ないぞ。

冬になる前に、元気になってほしいと思う。

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こないだの続き。

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学生のときにつれていってもらった
物理の国際会議で、ホップフィールドさんと会うことができた。
あのニューラルネットのホップフィールドさんですよ。

わたしは、当時彼のモデルの大ファンだった。いまでも美しいと思う。

すらっとした身長、ドレッサーなきこなし、俳優のようなルックス、
まるでシュワルツネッガーを渋くした感じ。

サインをもらいにいってしまった。
他の大学院の研究室の学生の人たちには冷笑されつつ。

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そのとき、彼はいった
(のだと思う。私の間違いでなければ)。

「できそうなことをやりなさい」。

これをきいて、私はよくわからなかった。

それって、日和れってことじゃないの?
チャレンジすることもなく、
出来ることだけやろうとするのって、
打算的で、みみっちくて、つまらんじゃないか。
そもそもしたくもなくても、できそうならやればいいのか?

たぶんそんなことを感じたと思う。

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もちろん、それは全然違う。

「できること」なのではなく、「できそうなこと」。
簡単にできることではなく、ちょっと上にあるチャレンジ。

つまり、彼の言葉は、
「これからがんばったら出来るかもしれない」という予感を
大事にせよ、という意味だったに違いない。

そして、そういうことは、きっと自分のしたいことにもなり、
また、がんばればきっとできるのだ。

逆に、できるかどうかわからないこと、雲の上にあることを
行うことはとても難しい。
そもそも何を目指すかもあやふやなことも多いし。
だからどう進めればいいかもわからないし・・・。

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やみくもに、おおきなことをしよう!したい!
というふうに考えがちだった私を、
ホップフィールドさんは瞬時に見抜いたのだと思う。

「できるかどうかわからないこと」でも、「いつかしたいこと」でも、
あるいは「できること」でもなく、
「できそうなこと」をめざせという言葉は、

多分正しい。


(修正あり)

[ 教員 ]
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投稿者 53 : September 26, 2008 12:15 AM
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