今回は久しぶりにエッセイをば。
どうもこんばんは、「ぺ・ヨンジュンと仲本工事は似ている!」
たて金です。
今回は就活物語をお休みして、ちょっと思い出話させていただきます。
題して『あの日、あの時』。何でしょうな、もうこのフレーズだけで涙が出そうです。
「たて金涙腺刺激フレーズ」の一つに間違いなくノミネートされます。
盛岡駅、バスプールのある駅前広場。
あの場所に行く度、3年前に盛岡に降り立った日を思い出す。
一人っ子、初めての親離れ。
仙台駅から盛岡駅まで新幹線に乗っている間、
「不安」が消えることはなかった。
むしろ、窓の外の景色が次々と後ろに吹っ飛んでいくのを見る度、
確かな胸の鼓動の高鳴り、そう、訳してハートビートを感じていた。
んで、2001年4月3日午後3時頃、僕の盛岡生活が始まりを告げたのである。
とりあえず腹が減ったので、おもむろにサンドイッチを「あの」駅前広場でむさぼった。
不安だ何だとは言うものの、食欲はあるものだ。
(自分はこれからどうなっていくのだろう・・・
って言うか、まずもって住む場所である北謳寮ってどう行くんだ・・・?
うわーやべーチェックしとくべきだったなぁ・・・。)
なんてブツブツ考えていると、何かの気配。
辺りを見回すと、一面にハトがクルックークルックー言っている。
次の瞬間、足元に、僕の座るベンチの横に、
そしてなんと僕の肩にハト君たちはポジショニングした。
まるで「オイこの野郎、盛岡じゃ見ねぇ顔だな?ここでのルールを教えてやるよ!」
とでも言わんばかりにサンドイッチを襲う。同時に僕も襲われる。
てんやわんやの状態になって脳裏をかすめた言葉は「盛岡恐るべし!」
であった。プロ野球でルーキーのピッチャーが、プロのバッターにボカスカ打たれるような
「洗礼」を、僕はハトから受けたのである。
あまりにほろ苦く、しかし思い返せば懐かしさに胸が熱くなる出来事である。
この前、マリオスに上って展望台から盛岡の夜景を眺めた。
いったいあの「ハト事件」からいくつの夜を越えて、自分は今ここにいるのだろう。
数え切れないほどの思い出、この場所で知り合えたたっくさんの友達、
盛岡に来た頃と比べれば、随分と大人びた(老けた?)ガラスに映る僕の顔。
瞳を閉じ、ゆっくりと記憶の糸を一本一本手繰り寄せてみた。
やり直したい夜、好きだった人のこと。
その笑いのセンスに脱帽、憧れの先輩。
忘れえぬイベント、夏の海、冬のドライブ(免許取立てで八戸まで)。
「もしも願いが叶うなら、もう一度時間を戻してくれないか」
しかしそう思いはしなかった。
「戻りたい」、そう思えるだけで、僕はそれだけ幸せな時間を過ごせたということだ。
それにそれ以上を望むことは、当時を全力で生きてた自分に失礼な気がした。
現実に戻り、ガラスの自分と対峙する。
「おいおい、過去を懐かしむのはいいけど感傷的になり過ぎじゃね〜の??
お前には、まだここでやることが山ほど残っているだろうよ」
そうである、振り返るのはまだ早い。
もうちょっと先の自分が今を振り返って、泣けるぐらいに「イマ」を生きよう。
改めてそう思った。
しかしこんなにも、ただひたすらに時間の流れをいとおしく思うのは初めてだ。
こんな朝早くからおはようございます。
いよいよ卒論モード全開のGBです。遅いよ。
こないだ学校で1泊(!)した時、つらいはずなのに「こんなことできるのもあと少しだ」という感情がおきて、これまでの大学生活が急に思い出された。寂しくなった。本当はきついはずなのに別の感情がおきちゃったわけです。
でも自分もたて金との付き合いも含め、十分幸せで実りのある生活を送ってきた。それだけでいいのかもしれないね。
自分も卒業の時に泣けるぐらいに今を生きようと思う。
いやー朝からセンチメンタルな気分。
センチメンタルと言えば、某人気歌手(瞳を閉じている姿がセクシーな方)の新アルバム中の「センチメンタル」って曲もいいですよ。最近はバラード曲にはまっているGBでした。