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June 15, 2006

なぜか鬱

わたしのすべてはインチキである。
 
 
  

と書いているその姿も。(以下無限後退。)


足元がゆらぐと情緒はかなり不安定。
ときどきやってきますよね。こういう波は。

でもBillyの声はいつもやさしい。

[ 教員 ]
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投稿者 53 : June 15, 2006 06:40 PM
コメント

私も結構だめだめなかんじです。。
今日の(正確には昨日の)ゼミもいまいちしゃきっとしなくてごめんなさい。。。
卒論。ダイジョブかしら???
私ってダイジョブかしら〜???

Posted by: co at June 16, 2006 02:22 AM

そんな。
ゼミ、すすむうちに、
だんだん上昇していったではないかい。

まずは少しずつのつみかさねです。
いつかジャンプできることもある。


それにしてもゼミ、いいメンバーですよね。

コメント、もしやずいぶん
おもいきってくれたのかもしれないですね。
ありがとう。

Posted by: 53 at June 16, 2006 10:44 PM

どうも、五味研卒業生の竹内@東北大学M2です。


人工知能学会の先生のレポート(?)楽しく拝見させてもらいましたよ。「身体知の解明」っていうのは感性工学系の話しでしょうかね。いずれにしてもぜひ今度話しを聞かせてください(できればPreceedingを見せていただけるとうれしいです)。


やはり、勢いのある学会っていうのはありますよね。そういうのは行くとものすごく感じるというか、ちょっと無茶でもやってみようという革新的な態度を持っているというか。そういう態度、大好きですよ。

ってなわけで、告知です。先生には以前からお話ししていましたが、このたび、東北大学の教育系の有志を募って学生シンポジウムを開く事にしました。


テーマは「心の教育」。日時は7月1日


このシンポを企画した意図は現在の「心」の氾濫です。最近の教育言説の中には心があふれているといっても良いのではないでしょうか。近くの本屋に行って教育関係の棚にみるといかに「こころ」という言葉を記した本が多い事か


しかし、我々が「心」というとき、それは何を意味するものなのでしょうか。心というものが「有る」のでしょうか。また、思いやりややさしさを教えるとはいったどのようにして可能になるのでしょうか。


心を扱う(とされる)カウンセリング。でも、それってカウンセラーしかできない事なの(隣近所のおじいちゃんの方がずっと立派なカウンセラーかもしれない)?そもそも、カウンセラーの対象としている「心」ってなに?


(もしかすると、これを読んでる方の中にカウンセラーの方がいらっしゃっるかもしれないのでお断りを。僕はこのコメントの文脈でカウンセラーをかなり限定的に捕らえています。)


「学ぶ意欲が足りない」だとか、「集中力」など学習の場面においても我々は心に関する事を結構使ってる。


でも、心って何?


これが僕等の問いです。現在このテーマについて臨床心理学、道徳教育、教育哲学、…などの立場の人たちと学際的に話を進めています


当初の予定では、学内の先生を読んで、ラウンドテーブル+聴講者参加型のシンポにしようかな、と考えていたのですが、どうもそれは無理そうだと結論付けました。


恐らく、発表は学生+聴講者参加型っていう形になるかと思います


まだ未定な部分がかなりあり、不安を残しながら前進という感じなのですが、それも楽しい。この楽しさが来てくれる人に伝わるようなものになればいいな、と思っています。


これをごらんのみなさんももし、7月1日前後に仙台にいらっしゃる事があるようでしたら、ぜひ足を運んでみてください。


HP http://kokoroedu.web.fc2.com/


PS
研究者としてはインプットした内容をどのようにアウトプットしていくかをちゃんと考えながらやっていかなきゃいかんな、とおもう今日この頃です


なんかコメントとエントリーが一致していないような気がするのですが、まぁ気にせずいきましょう!

Posted by: 竹内一真 at June 17, 2006 03:43 PM

竹内くん、コメントありがとう。

元気そうだな。


人工知能学会での身体知関連の
発表はかなり多くて、しかも明らかに
竹内くんの研究テーマに関係しているものでした。
これらについては、メール出そうかとおもっていた
ところです。
(たとえばロボットに人間の動き
 万歳やきっく)を学習させるという研究では、
 複数の人間の動きを学習させてみて、
 その共通点を抽出することで
 身体知の形式化はかろうというものとか。
 サンバの習得課程をモーションキャプチャしよう というものとか。)

発表論文はWEBからダウンロードできます。
http://www.jaist.ac.jp/jsai2006/
のプログラムのところを見てください。特に
6月8日の午前と午後に、「身体知の解明を目指して」というセッションがあります。


それから。
シンポジウムをやるとはなかなか
やるではないか。がんばってますね。
頼もしいぞ。


ただちょっとだけ気になるのは、
「心とは何か」という問いは、
シンポのテーマとしては
ちょっと大きすぎやしないかということ。
大きなテーマは、
いろいろな話が関連づけられるという
メリットがある反面、ともすれば
話がばらばらにもなりかねない。
議論をする際に、「心」の下にいくつか、
サブキーワードを設定して、そのキー
ワードを軸に展開していけるといいのかも
しれない、などと思いました。
WEBをみるとそれが教育とかカウンセリング
なのかもしれないけれど。
もうすこし絞れる?・・・。


いらん口出しですね。


それにしても実に面白そうだ!
そして楽しそうだ!
がんばってください。


なお、このブログを見ている人は
そう多くはないと思うので、告知の部分は
印刷して掲示板に張っておきますね。


では、また。

>なんかコメントとエントリーが一致していないよう
>な気がするのですが、まぁ気にせずいきましょ
>う!


んなこたぁない。全然。

Posted by: 53 at June 19, 2006 04:43 PM

>発表論文はWEBからダウンロードできます。
>http://www.jaist.ac.jp/jsai2006/
>のプログラムのところを見てください。特に
>6月8日の午前と午後に、「身体知の解明を目指 >して」というセッションがあります。


HP見てみました。いくつかの研究は論文等で見たことがあるものでしたが、初見のものも。後でじっくり見させてもらいます


>ただちょっとだけ気になるのは、
>「心とは何か」という問いは、
>シンポのテーマとしては
>ちょっと大きすぎやしないかということ。


ご指摘ごもっとも。ただ、ただ、発表などではもう少し絞った形で行う予定ではあります。まぁ今回は手探りで企画・運営をしているという状態ですから、失敗しつつ前進できればいいかなと思っています。


>議論をする際に、「心」の下にいくつか、
>サブキーワードを設定して、そのキー
>ワードを軸に展開していけるといいのかも
>しれない、などと思いました。


ご意見ありがとうございます。参考にさせていただきます。


>告知の部分は
>印刷して掲示板に張っておきますね。


それは助かります。HPのトップページにポスターがワード形式で乗っていますので、それを張っていただけるとうれしいです

シンポの結果など改めてご連絡させていただきますね。
  
  
  
では、では、失礼します

Posted by: 竹内一真 at June 19, 2006 05:48 PM

シンポジウムの直前情報です

シンポジウムまであと2日。ようやく、シンポの全体像が見えてきた。これまで一貫性というか、個々の話題を貫通する筋が見えなかったけど。

明日はディスカッションについての最終打ち合わせ。白熱してなくてもいいから、個々の参加者が終わった跡に何か残るようなシンポジウムにしたい。


それにしても最近思う。言葉が自分のものになるという感覚について。ある言葉が自分のものになっていないとそれを使って思考する事がうまくいかないし、議論していてもその言葉を使ったとたん不安になる。


正統的周辺参加とか状況論とかは結構自分のものになってはいる。心理学の質的な動向、これについてもある程度は意見は言えるし、それほどはずす事はない。ある程度自分の皮膚感覚みたいなものはついてきている(と思う…本当かな?…なんか違う気がするな〜)。


でも、「心身二元論」とか「主観と客観」とか「科学」とかそういう言葉は使うのがすごく怖い。何か使ったとたん言葉が地からはなれていくような、そんな気がしてくる。


最近、そのような地に足のつかない言葉を使う自分がすごく嫌いだ。ようするに本で見た言葉を自分自身の皮膚感覚なしで発した時。相手はへぇ〜というが、自分自身は落ち込む。何か言葉を大量生産しているような感覚になる。


うまくいえないが言葉の皮膚感覚は議論であったり、自分自身何度も問い返したりしないとつかない気がする。
 
 
そんな言葉の皮膚感覚、もっと鋭くしないとな〜

 
 
そんことを感じる事のできるシンポジウムの話し合いです。最高に楽しい!
 
 

Posted by: 竹内一真 at June 30, 2006 03:05 AM

7月1日に無事シンポジウムが終了しました。


参加者は述べ13人。参加者のバックグラウンドとして、教育学部が臨床心理学・哲学・人類学・学校教育、文学部からは哲学などでした。


全体的な雰囲気としてはそれほど悪くなかったし、シンポの意義自体は果たせたと思うのですが…。

自分としてはなにか中途半歩に終わってしまったかんじが…。なにか満足感に浸れないという感じです。


う〜ん、難しい。また、お邪魔した時に話でもきいてください。

Posted by: 竹内一真 at July 3, 2006 10:55 AM

おつかされん。

土日・行き帰りの新幹線の中で、
どうだったかな、とおもっていました。


シンポジウムの出来そのものについては、
その場に居合わせることができなかった
ので、なんともコメントしようがありません。


ただ、すでに充分理解されていると思いますが、
シンポジウムや研究会は、
「ひっかかり」やを生み出すために
あるのだと思います。
そして、それをばねにして次のステップに
進むために。
そのひっかかりは、いろいろな形を取りうる。
祭り的興奮の余韻かもしれないし、
自分へコンプレックスの蓄積かもしれないし、
なにかできそうという予感かもしれないし、
そして、こんなことではというあせりかも
しれない。


いま竹内君は、なにかが足りなかった、
と感じている、そして、
その何かとはなんだろうということを、
すでにきっと一生懸命考え始めている。
それは、形式的な問題かもしれないし、
内容的問題かもしれない。いやいや、
他のところに原因があるのかもしれない。
すんなり答えがでることかもしれないし、
答えなどないのかもしれない。
でも、きっとその経験も、ひとつの
「ひっかかり」になりうるのではないか。
とくに竹内君が目指す分野ならば、
研究そのものへつながるような
ひっかかりに。


きっとこんなこと自体も、すでに
考えていることとかと思いますが、
まあ人から言われるとまた
ちょっと違うかもしれないので。


一つ前のエントリでの言語感覚の話。
ハゲドウです。(笑)
つい使ってみたくしまって、そこに
自分の見栄を感じ自己嫌悪。でも、
使ってみないと、使えるようにならんしな。

今度のミィーティングを楽しみにしていますね。

また。

Posted by: 53 at July 3, 2006 12:35 PM
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