本日、サッカー部に友人がいるので試合を観てきました。
クラスメイト(レトロな響きだ〜)と一路都南にある競技場へ向かう。
おー、既に試合は始まっている!友人は・・・いた!20番と13番だ!
しばし観戦。日頃の姿と違う勇姿(二人とも普段からカッコいいのだが)に感激。
試合は残念ながら惜しくも敗れてしまったのだけど、実にいい経験ができた。
ところで、試合を見ていてものすごく個人的なことを思い出した僕である。
「そういえば、小学生の頃はブラジルにサッカー留学しに行ってJリーガーになるって言ってたなぁ」。
子供の頃なら誰しもが抱く他愛もない「夢」であったことは言うまでもない。
事実、来春から僕はごく普通に東京に行ってサラリーマンになる。
「『なりたいもの』ではなく、『なれるもの』を探し始めたらもう大人なんです」。
誰かがこんなことを言っていた。妥協したつもりは一切ないけど、僕も大人になったのだろう。
だけど、子供の時に学校の先生がこんなことも言っていた。
「夢はそっくりそのまま叶うことはないかもしれない。そのかわり、10分の1はきっと叶う」。
今、たまに僕はフットサルをやれている。友達とビールを飲みながらサッカーの試合を観戦して、
さも監督になったかのようにあーだこーだと文句をつけている。
サッカー選手にはなれなかったけど、考えようによってはひょっとしたら10分の1くらいは叶っているのかもしれない。
これはこれで、楽しい人生だなぁと思える。
何とも夢を見るには難しい年、オーバーに言えば世の中になってきたと思われる。
良くも悪くも情報網が発達し過ぎて、「分かった気になる」には悲しいくらい簡単だからだ。
だけど、夢くらいは自由に持っていたいと思う。
現実の世界にとっぷりと浸かってしまうと目が濁ってしまいそうだから。
そんなことを、ぼんやりと秋晴れの空に思った。
>53先生
確かに、この季節の物悲しさをかみ締めています。。
あの日高松の池でやった花見、ホントに3年前の出来事なんですかね(笑)?!
どうか、後半年未満ですが僕たちをよろしくお願いいたします☆
たて金さんこんにちわ。
今日は珍しくこんなに早起きですよ。
自分も昔は「F1ドライバー」か「F1ジャーナリスト」になりたいって思ってたなあ。何らかの形でF1に関わる仕事がしたいってね。
夢は夢で終わってしまったのかもしれないけど、今TVでF1を見ながら一喜一憂できるのはたて金さんが言うように、10分の1だけ夢を叶えたのかもしれない。
でもいくつになっても夢を持ち続けることは必要なことだと思うなあ。どんなに小さなものであっても。
なんか自分らしくない投稿になってしまいました。
たて金さん、53さん、後半年未満どうぞよろしくお願いします。
高松の池で花見をして、友人がぶっ潰れてしまったのを介抱していたGB君の姿が、
ついこの間のことのように思い出されます。
時を戻せるものならあの頃にもう一度・・・、
と思ったりもするけど、「戻りたい」と思えるくらいの時間を過ごせたのだから欲張りはいけませんね。
明日の5コマに再会できることを楽しみにしています。
こちらこそよろしくね!!