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October 21, 2004

気になる本−2−

立花さんが来る日も近いので、氏の著作を取り上げることにしよう。

◆立花隆(2004) 『シベリア鎮魂歌 ―香月泰男の世界』、文芸春秋

 実は、立花氏は昔、まだとても若い頃に、香月さんという画家のゴーストライターをしたこ
とがありました。(香月泰男(1970)『私のシベリヤ』、文芸春秋 → 『シベリア鎮魂歌』の中に
収録されている。)

 この香月さんは、画家としての才能が認められ始めたときに戦争にかりだされ、やっと
戦争がおわったと思ったら、今度はシベリアに抑留されてしまうという経験を持たれた方で
す。(シベリアに抑留された日本人は数十万人もいた。)そのときの体験は、あまりにも過
酷で、あまりにも残酷で、そしてあまりにも絶望的であった。日本に帰ってきてから1974年
に亡くなるまで、彼は戦争やシベリアでの体験に基づいた絵を数多く描いていきます。そし
てこれらの絵は「シベリア・シリーズ」(全57点)として、現在残されているわけです。

 今年は、香月さんの没後30年ということで、全国各地で展覧会が開かれています。私も
9月に水戸近代美術館で開かれた展覧会をみてきました。


....すさまじい。

「生きる」ことについておそらく誰もが考えさせられる絵です。

 我々の多くは、通常、「生」と「死」へ正面から向き合うことをできるだけ避けようとしてる。
すぐ近くにあることはうすうす気がついているのだけれど、それらのあまりにもリアルな感触
(とある作家はこれを「ザラっとした感触」と表現していたような....。うろ覚え)を無視しようと
している。そして、いろいろな装置(冗談・恋愛・食欲・趣味・仕事....)が日常生活におい
て、「生」と「死」を覆い隠しています。

 しかし香月さんの絵の前では、こうした日常を装飾する装置やそれによってもたらされる
楽観(安寧・安心・楽しみ・よろこび・期待・・・)のベールは、すべて剥ぎ取られてしまう。
そのとき目の前に広がる世界は、我々がときにやむを得ず覗いてしまうベールの裏側の
世界にきわめて酷似しているように思われます。
(このベールの裏側にあるものは、きわめて普遍的な世界なのかもしれない。)
 そして香月氏の絵には、この世界を構成している社会(国家や制度)のナマの姿も同時
に織り込まれている。


 なお、香月さんの絵には、特にシベリア・シリーズには、「ことば書き」といって、香月さん
自身の解説がつけられています。このことば書きを付すことによって、より多くの「情報」を
伝えることに成功していると立花氏は分析します。そして、ここで紹介した立花氏の著作は、
香月さんのことば書きが担う機能をさらに補完し、より多くの人たちが香月氏とその絵から
多くの情報を読み取れるようにしたものといってよいでしょう。

 没後30年、現在の世界や日本がおかれている状況に不安を感じつつ、立花さんはおそらく
エネルギーを振り絞ってこの本を今年上辞されたのだと思います。


[ 教員 ]
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投稿者 53 : October 21, 2004 04:11 PM | トラックバック
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