ブログをつけていて、おりに触れて気になるのは、
自分が自分をつくっている、
あるいは飾っているという意識。
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虚構というほどではないと信じたいけれど、
こうでありたい、こういうふうに見えてほしい、
そんな風に計算して文章をかいていると感じられて、
はばかられることがある。
そして、それは単に「感じている」だけではないのだ。
最近、とくにそんな風に感じることが多いような気がする。
過去にも、そのあたりをなんとか打破したくて、
自分を貶めるようなことをあえて書いてみたり、
そういうことを何度かしている。
でも、そういう振る舞い自体が、すでに自分を見せている(今回もそう)、
そういう意識は常に抜けない。
みなさん、ブログだけからすべてを
推し量ることなど当然できませんよ。
私をそういうふうには見ないでちょうだい。
ブログにはそういう風に錯覚させる不思議な力があるように思う。
日記とブログの違い・・。
でも自分だけのために日記を書いている人も、
どこかでそういうことはあるのかもしれない。
いや、日々の振る舞いもそうだ。
一人でいるときでさえ。
それはなんども確認してきたこと。
本当のリアルな自分はどこに?
なんていう素朴な疑問は
あまり意味がないことを私はもう知ってしまった。
ずいぶん前に。
あえていえば、このわけの分からないトータルな存在が自分のリアルだ。
もっと単純に、純粋に生きていけることもできる(た)はず。
本来はそうあるべきだと思う。
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という演出。(笑)
おそらくどこにも偽りはないけれど、それが演出・・・。
これって言葉の限界?